ガラスの大地

詩や日記を書きます

S・Z

 

 

心臓がふたつあればよかった

鼓動が重なれば時をとめる必要がないから

低音を響かせる空からくるあなたを、うけとめられると思ったから

 

 

歯が痛い

鱗を剝がしたい

肉をそぎ落として、骨を切り出して、あなたの心の在りかを探したい

どうにでもできると僕は思った

それが責務であり使命でもあるって母さんが言った

僕はそれを信じなかったけど、父さんも姉さんも兄さんもそうだって言うから、一人で僕は海に出た

 

 

まだ歯が痛い

きっと死ぬまでこうなのだと思うとどうにもいたたまれなく

船の上で家族に土下座をして

数年がたち

僕は真っ裸で海の底まで落ちて

そのまま今に至る

血は灰色で、鱗は白い

かつて美しい深緑色だった肉はほとんどなくなってしまって

骨は叩くと折れてしまうくらいだった

それでもまだ歯は痛い

いつになればと思ったが、そのまま眠った

 

 

心臓がふたつあればと思った

そうすればこの痛みも消えてくれると信じたい

誰がための祈りはいずこへか消え

心だけが置き去りになって

だれも僕に焚べてはくれないだろう

それでいい

1人で死ぬのは、心地いいんだ

きっとそうなんだ

 

 

 

あふるる

 

 

六月

風の匂いを感じる22時

ほんの少しだけ肌寒い夜に

缶ビールを飲みながら川沿いを歩く

公園では枯れかけたハルジオンと満開のアジサイが同居していて

出所不明の寂しさが唐突にやってくる

それを振り払うように空き缶を投げ捨てた

たばこを吸おうとしたけどライターのガスが切れていて、なんだかみじめで少し笑った。


もう夏が近い。


毎日が通り雨

濡れないように

濡れないように

誰も覚えてなんていないのに

ぼくもきみも雨宿りする

 


七月

あんなに降り続いた雨も止み始めて

太陽が顔を出すことが増えた

コンクリートの上には干からびたミミズが目立つようになって

それを見てやっぱり気持ち悪いなと思ったり、かわいそうだなと思ったけど、すぐに忘れて明日の飲み会について考えていた

 

毎日が通り雨

濡れないように

濡れないように

誰も覚えてなんていないのに

ぼくもきみも雨宿りする

 

 

八月

夏の終わり

使い古された歌が街で流れるようになる季節

とうとう雨も降らなくなって

カラカラに乾いた空気で息が詰まるようになる

寝汗がしみついた部屋の匂いも

炭酸の抜けたサイダーも

とうとう使うことのなかったコンビニ花火も

どれもこれも忘れたかった

 

毎日が通り雨

濡れないように

濡れないように

誰も覚えてなんていないのに

ぼくもきみも雨宿りする

 

 


きみと相合い傘をするために大きめの傘を買った

もうこれからは濡れないな、なんて思いながら目を瞑った

明日は雨が降るといいな。

gray

 

 

「逃げようよ」と彼に言った

彼は暗い夜の灰色をした瞳をこちらに向けて

「いやだよ」

と一言呟いた

ぼくはもうこんなところに居たくなかったのに、彼はどうしても動いてはくれなかった

 

 

「ここは俺たちの聖域なんだ。だから俺は逃げない。逃げる必要がないから。でもどうしても逃げたいのならお前一人でいけ」

「でも地図がないよ」

「お前が描けばいい」

「でも灯りがないよ」

「お前が灯せばいい」

「でもどこに行けばいいかもわからないよ」

「お前が決めればいい」

「投げやりだなあ。君はぼくなんだよ?協力してくれる約束だろ?」

「それでも俺は俺だ。そう決めたのはお前だ」

 


そう言って彼は部屋から出て行った

取り残されたぼくは、テーブルの上にあった水を一口だけ含んで、長い時間をかけて飲み込んだ

小さな天窓からは彼の瞳と同じ灰色の夜空が見えて、それは今にも落ちてきそうで、たまらなく怖かった

 


怖いといつも頭の中で洪水が起きる

人っ子一人いない黒く縁取られたビル群が、ものすごいスピードこちらに向かってくるけど、絶対にぼくには辿り着かない

いつもぼくはあまりの恐怖に街の真ん中で立ちすくんでいて、一歩も動けなくなってしまうのだった

 

 

 

ドアが開いて彼が帰ってくる

手に色とりどりな星々をもって、それをぼくの首にぶらさげた

星々はとっても重くて、今すぐにでも外してしまいたかったけど、なぜか腕は動いてくれなかった

「どうするか決めたか?」

「まだだよ」

「早くしろよ。ここに居たくないんだろう?」

「その前にこの星を外してくれない?重くて重くて耐えられないよ」

「お前が欲しいって言ったんだぜ。俺は見つけてきて、お前に渡すだけだ。それしかできない」

 


彼は向かいの椅子にドッと腰掛けて、ぼくの飲みかけの水を一気に飲み干した

彼のナナフシのような細い指には指輪がはめてあって、コップの結露した水滴の一つ一つが指輪にくっついて僕を見ている

なんだかそれが怖くてぼくは涙が出てしまった

 


「なんで泣く?」

「怖くって」

「何が怖いんだ?」

「ぜんぶ」

「なにを怖がることがある?」

「ぼくには力がないから」

「お前に力はあるよ」

「ないよ」

「あるよ」

「ないって」

「そう思ってるだけだぜ」

 


彼は立ち上がって僕の首にぶら下がっている星を一つもぎ取って、天窓に向けて投げつけた

すると星はたちまち七色の流星に変わって空を灰色から青色に染めてしまった

 


「ほら、言ったろ。逃げる必要なんてないんだ。ここが俺の聖域で、お前の聖域なんだよ。だからほら、まずは立ち上がってみな。やり方を知らないから怖いんだ。太ももに力を入れて、足首と足先に力を入れて、上体を前に傾けろ。厳しいなら両手も使え。もう腕は動くはずだ」

 


彼のいう通りもう腕は動くようになっていた

星はまだ重いけどなんとなく耐えられるような気がする

ぼくは震える両足を手で押さえつけて、勇気を出してグッと立ち上がった。

「できた!」

「…」

「どこにいったの?」

「…」

I KOU

 

 

あなたが譲ってくれるのなら、わたしはそれでもよかった

だれにでも等しくあるものじゃないから

 

だからわたしは息を呑むように生きた

だれかが私に譲ってくれるまで待った

 

でもやっぱり誰も手放そうとはしてくれなくて

それは本当に大切なもののようで

わたしはずっと羨ましがり続けた

 

1000年間ソレは手に入らなかった

最期には水と塩もなくなって

わたしはようやく重い腰をあげたのだった

 

わたし以外はみんなソレを持っているように見えた

だから、待つよりも奪ったほうが楽なことにようやく気付いた

道徳なんてソレの前ではまるで卵の殻みたいなものだと思った

 

わたしは奪って奪って

多くの者から奪い続けたけど

何一つ本当の意味で手に入れることはできなかった

 

奪う事も

待つことも

だれかからもらうことも

すべては遠い夢の幻想だった

 

 

与えることが唯一だ

時には水と塩以外も

Light in the calm 凪の中の光

 

 

光で出来た鮒が一葉一葉に住み着いて群を作っていた

木々たちはそれを許し、彼らに餌を与えた

規則正しく列を成して泳ぐその魚たちはまるで押し引く波のように木々の中を縦横無尽に泳いでいる

凪の中にあっても魚たちはゆったりと泳いだ

 


私は光の中に釣り系を垂らし、分厚い小説を読みながら針にかかるのを待った

日が落ちるにつれ魚たちの動きはゆっくりとなり、そして最後にはみな帰っていった

それは空だったか、それとも湖だったか

 


釣り針には光の鱗が付いていて、私はそれを栞にして小説に挟んだ

たくさんのスワンボートが走っている

カップルや楽器の練習に来た人たちがいる

奥のほうではスケートボードに乗る若者がいる

私の横にはタバコを吸うおじさまがいる

 


もしかしたらこの中で光の鱗に気付いたのは私だけなのかもしれないと思うと、なんだか嬉しくなって、私は駅にスキップしながら向かった

C・ジャーニー

 

 

遠い空からの声を聴いて無限の扉が生まれた

(どーん どーんと地響きが鳴る)

 

湧き出す清流がごとく慈しみの心を、私はくべた

扉の鍵は閉まったままで杏の花が不格好に枯れた

枝についた柿は怯えた表情でこちらを見てる

(どーん どーんと地響きが鳴る)

 

コスモの語りを私は作文にして共有したくなった

自分の使命はこれでしかないから

 

百年の孤独

千年の窒息

億年の嘆息

 

回帰的宇宙からの脱却をめざし私は箒にまたがった

星々が眺むのは私の後悔の轍

ポケットにはピストルが入っていて、弾は一発だけ

よーいどんで出発するために号令に撃ったあと、ピストルはスペースデブリにしようと思った

きっともう必要ないから

 

打ちひしがれた稲妻の顔を見た

わたしにそっくりだった

砂になる前には、星に帰ろうと思った