ガラスの大地

詩や日記を書きます

日記:俺は松田翔太じゃない

 

 

コロナが世界で猛威を振るい始めてからもう2年近くになる。

大学もオンライン講義に移行して、部屋から一歩も出ない日が増えた。僕は4年生だったから就職活動もオンライン上でほとんどこなし、去年の12月にようやく内定を取ってあとは大学をきちんと卒業するところまでこぎつけた。

 

当初は友達や恋人と出かけることにも躊躇していたけど、今はコロナも下火になってきたこともあり、よく遊びにいったりご飯を食べたりしている。

正直、元の生活が戻ってくるという実感はない。この生活を2年も続けると、部屋から出たくなくなる。ただ実際は4月から仕事も始まるし、そんなことを言っていられないというのが現実である。

 

 

ところで最近僕はマッチングアプリを始めた。別にガチガチにやるつもりもないが、お試し感覚で始めてみたというところだ。4月から社会人になりお金の余裕も増えるだろうし、なによりコロナ禍という大きな潮流が終わりを迎えようとしているから、僕も何かを始めようという気分になったのだ。

 

だから、カメラマンをやっていた友達に頼んでカッコいい写真を撮ってもらうことにした。ぼさぼさだった髪の毛と眉毛を整え、きちんとした服を着て、きれいな場所で良い写真を撮り、新年度を爽やかにスタートさせようと息まいていた。

 

美容室に行き「これにしてください」と言ってセンター分けの松田翔太の写真を美容師に見せる。

「髪の長さは足りませんが、伸びたら松田翔太になるでしょう」

と美容師のお兄さんに言われ髪をカットしてもらう。

 

 

1時間くらいたって僕はすっかり松田翔太になっていた。

まぎれもない松田翔太だ。 これ以上ないくらい松田翔太だ。

どんどん自信が湧いてくる。眉毛もきれいにカットしてもらったしもう俺に死角はない。アプリ上の女は全部俺のものだ。あとは写真を撮ってもらって無双するだけだ。

 

そして新宿御苑に行き、たくさん写真を撮ってもらった。友達だから無料でいいよとカメラマンの彼は言うが、それを仕事にしている人間に無償でやってもらうというのも気が引けたのでせめて美味い飯でも奢らせてくれということで焼肉を奢った。

 

とてもいい気分で帰宅して、友達からの写真を待つ。

届いた。よし、一枚づつ確認して特に写りのいいものをトップにするぞ。

 

 

あれ・・・・・・・

 

 

 

そこにいるのは松田翔太ではなく、「僕」だった。

青黒いヒゲが目立つ口元、死んだ魚みたいな目、腫れぼったい唇、愚鈍な鼻筋、亀みたいなストレートネック。

これでは完全に非モテのマヌケ面だ。

しかも僕はこの2年で太ったらしい。明らかに顔がむくんでいる。友達の写真技術が素晴らしいおかげで悪いところがなおさら良く見える。

 

僕は絶望した。自分自身を過信していた。

下の中くらいの不細工であることを思い出した僕は、絶望の中ギリギリ人のラインを超えている写真を選び、設定する。悲しい気持ちになりながら貯めに貯めたいいねポイントを放出。釣られる女性はいない。当たり前だ。誰も魚人からのいいねには反応しないだろう。

 

忘れていた。簡単に人生が変わると思ったら大間違いだ。

僕は僕で、それ以上でも以下でもない。誰かにはなれない。そしてこれはそんな立派な教訓なんかじゃなくて、自己分析もできてないアホな男が無様に自分を慰めるための言い訳にしか過ぎない。

 

巷ではルッキズムはよくないと言われることが多いが、現実はそううまくいかない。

ありきたりな事を言えば、顔は心の一番外側だ。

僕の顔は苦労したことのないニヒリストの吐いた何の意味もない妄言そのものだった。

 

 

今年の抱負は、そんな心と顔を正すことに決定した。

希望と絶望を抱いて僕は布団に入った。